旅する炭屋~炭屋さんだって旅したい~

炭屋です。ヲタです。人畜無害です。何処かへ行ったり過去に前に挙げた内容を再掲したりしてます。

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寝台急行 銀河 大阪~東京

今は無き「銀河号」の乗車記です。オリジナルは2日に渡って書いていますが、一部構成を変えて再掲載します。

(当時の携帯電話でのカメラで撮っているものも掲載していますので、絵のサイズが小さいものもあります。御了承下さい)

 

* * * *

 

3月改正で廃止となる寝台急行「銀河号」に一足早く乗車することに。
高校の時に東京発で乗って以来だから20年振りか・・・

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10番ホームに上がると、機関車が停車するあたりには「同業者」がイパーイいましたw
つか少し前までは北陸線ホームに入ってた「銀河」は大阪駅の改良工事で何やら仮設ホームみたいな場所に入線することになったようで・・・戦後から駆けてきた名門急行にはちょっと粗末な「処遇」なのでは。

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出発8分前くらいになって入線。別にその前に列車がホームを占領していた訳でもなく、やけにあわただしい出発となった。僕を含めた「同業者」のテンションは最高潮に・・・皆先頭の機関車やロゴマーク、テールサインなどを激写しており僕は思わず圧倒されそうになりました。結局数点撮っただけで出発の案内が流れたので、近くにあったドアから乗り込んだ。


大きなショックはなく動き出し、はずむ息を整えながらもゆっくり流れる夜景を見て「客車列車の旅」の始まりの雰囲気をかみしめ指定された寝台へ。
8号車は東京方にあって移動にも時間を要し、着いた頃には新大阪が近かったりして・・・先客がいて僕の指定された寝台区画はすでにカーテンを引いているところもあった。なんともったいない・・・と思うのはヲタだけか。
車掌さんからのアナウンスで停車駅や車内案内があってその中で「今日はA寝台、B寝台ともに満席です・・・」という言葉が何となく誇らしげだった。毎日こうだったら廃止なんて憂き目も・・・と思ったりもしたのだが、今や東名阪間の移動選択肢は「銀河」に有利な面は少なく、格安の高速バスや2時間半で行ってしまう新幹線の台頭で「出番」を失っているのが現実なのだろう。

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撮り鉄のメッカ、山崎を過ぎてほどなく市街地に入ると京都着。もうすぐ23時だというのに車内はなんとなくザワついている。純粋な一般利用者は半分、残りは「記念乗車」っぽい「同業者」が鉄道談義に花咲かしている、といった感じか。
トンネルを何本か過ぎ大津着。急行というカテゴリでは新潟行きの「きたぐに号」もこの駅に停まるが、客車の急行列車の停車は無くなる。カタッカタッとリズム感のある音を響かせいつのまにか複々線から複線区間に入っていた。目を凝らすがまだ雪は見えない。
大阪駅で仕入れた「吉野」の大阪寿司で夜食を楽しんでいるとふと減速の気配・・・いつしかバラストは真っ白で構内に光るレールのすき間というすき間は皆真っ白に染まっていた。ほどなく米原に到着した。JR西日本からJR東海の運転士に交替したのだろうけど、ドアから流れる冷たい風にそんな「交替劇」を見に行こうという気は失せた。

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でもデッキからは対向の東京発のブルトレ「富士・はやぶさ号」はしっかり撮ってたりしてww向こうは客の乗降がない「運転停車」だろう。

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そういや寝台列車でベッドメーキングって何年ぶりだろう・・・昔は「列車掛」というボーイさんが丁寧に各寝台を回って寝台をセットしていった、という話を聞くのだがセルフとなった今でもこういう行為に思わずロマンを感じてしまう。白いシーツが夜目にまぶしい・・・


米原発車後に寝台にもぐり込む。寝る寝れないは別にして横になりながらレールのジョイント音を聞くのもなかなかオツなもの。

 

 

停車のショックで目が冷めたら名古屋だった。

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まだまだ宵の口のような明るい街で、まだ21時くらいのような雰囲気すらある。しかし「銀河号」の停まっているホームの人影は数人の客と駅員さんだけで「深夜」の様相・・・長めの停車だったので列車全景の撮影に挑戦。肌刺す冷たい風に耐えつつカメラを向ける。

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・・・まあ出来は皆さんが判断して下さいw
ちなみにまもなく1時になろうとするこの名古屋からも2人が乗車。


熱田あたりまでは起きていたが、あとはぐっすり・・・実際意識のあったのは沼津あたりからだが、何かの拍子で目が覚めると必ず何らかの衝撃が・・・。それもかなりの発車時のショックで。国鉄末期によく経験の浅い若手の運転士が特急の運転をするため引き出しの微妙な操作が難しく衝撃の多い列車ばかりだったという話を聞いたが、なんとなくその話の信憑性が高まったような気がする。実際、乗り鉄スレで僕の後を走る「富士・はやぶさ号」に乗ってた人間もJR東海区間の衝撃の多さに閉口していた書き込みをしており、会社、運転所によって技量に差があるのだろうか。

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カンペキに目が覚めたのは熱海到着時。ここからの引き出しはかなりスムーズで、電車に乗っているのかと思うくらいに「静粛」だ。

携帯の電池がかなりヤバい状況になったので、洗面所のコンセントで緊急充電。
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昔はシェーバーをここに挿して使っていたビジネスマンが多数居たであろうこの洗面所も、今や携帯の充電場所・・・そういやここの洗面所って、カラン(蛇口)が片手でずっとひねってないと水が止まってしまう旧式のヤツだった。洗面はどうやってしていたのだろうか・・・?うがい用のコップもなんとなく色あせており、平成の世にあって昭和レトロを思わせる。

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小田原を過ぎると、それまで比較的まったりと走ってきたのが加速をつけ出して猛然と走り出した。後続の快速電車に追いつかれないが為の「全速力」なのかも。
大船、横浜と過ぎ東の空が白じんできた。やはりブルートレインで迎える朝はいい感じだ。多摩川を渡って東京入りを果たす。蒲田で京浜東北線のC電を追い抜く。ラッシュには縁遠い、のんびりとした車内が見えた。

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品川を出るといよいよ最後の行程。8時間を車中で過ごしてきた訳だが、今回はとても短く感じた。終焉の近いブルトレという特殊な要因が大きく作用しているのだろうけど、理屈抜きに「もっと乗っていたい」と思う列車に出会えたってのはヲタ冥利に尽きる。

 

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終点・東京に着いて、即座に機関車が切り離される。
終点の余韻に浸る間もなく、である。もちろん僕ら「同業者」もそういった余韻などに浸るはずもなく記録撮影に余念がない。機関車は一旦神田方に引き上げて、隣の線を回送。構内外れで再び「銀河号」の電源車と連結される。
そして有楽町方へ引き上げていく姿を捉えるまで、「銀河号」が到着したホームは賑わっていた・・・
これだけのファンに囲まれ列車としては本望かもしれないが、終焉を迎えるという僕らにしては受け入れがたい事実を知っている者にはなんとなく切ない気持ちが後に残った。

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(2008年1月2日乗車)

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