JR九州 特急かもめ32号

885系に乗ったんだから...と言うことで帰りは787系にしてみました。

787系は在鹿時代に「つばめ」で結構乗った列車なのですが、その後は「有明」だったり「きりしま」「かいおう」「きらめき」くらいでしか乗ることがありませんでした。だから今回は伝統の長崎特急「かもめ」で乗れるとあってwkwkしています。

16時22分に入線。メタリックグレーはやはりかっこいいです。
しかし先ほど乗ったのが「白いかもめ」だから、これは「黒いかもめ」・・・や、それだと「からす」に(笑)


今回も折角ということで、グリーン車を選んでいます。このシートの雰囲気は「きらめき」で体験済みですが、やはり「上質」ですね。
かつてはシートサービス(オーディオ)の設備がありましたが、老朽化と共に撤去され寂しいものに。それでも肉厚のハイバックシートは健在で、これだけでもグリーン車を選んだ「値打ち」があろうというものでしょう。
色々と車内を眺めていたら定刻に発車。西九州新幹線の試運転電車と一緒に...あまりに咄嗟すぎてカメラを向けれず。

最初の停車駅、浦上で下り「かもめ」とスライド。向かいも787系で盛り上がります(一人で)(笑)
浦上を出てほどなく、

100キロ越え...長崎線の特急ってモンスター揃いといいますか、博多~長崎間の速達性という命題に全身全霊で打ち込んでいるって感じです。

新線をかっ飛ばし肥前古賀を通過。で、気がついたのですが、このあたりまでは長崎郊外って感じなのですが隣の市布あたりからは、もう諫早の勢力圏みたいな雰囲気なんですね。

喜々津で旧線と合流し複線区間へ。

17時8分、諫早着。
そろそろ夕方のラッシュの時間帯なのですが、意外とひっそりしています。

初めて787系に乗ったのが26~7年前。在鹿時代に先輩と帰省するときに博多まで乗ったのが初787系でした。
何もかもが目新しく、先輩も僕も博多まで終始キョロキョロしながら過ごしたことを昨日の事のように覚えています。
それからかなりの時間が経ちましたが、こういう設えが未だに残っているのを見ると、それだけで何もかもが新鮮に感じた「あの頃」に戻れるような気がします。

と、感傷に浸っていたら、いつの間に干拓地の近くまで来ており、

湯江で運転停車し、下りの「かもめ」を待ち合わせ...特急の名にふさわしく「かっ飛ばす」一方で、こういう感じで結構のんびりとした交換待ちがあったりと、長崎線は色々とマニア受けする要素が詰まっているような気がします。

そして眼前には諫早湾。
干潟に近く、それがまた良い雰囲気を演出してくれます。欲を言うなら空が晴れてて、向こうにある雄大な雲仙岳を見たかったですね...

佐賀県に入り、肥前大浦でも運転停車。下り「かもめ」と交換。

海岸線に沿っていることからカーブが多く、それゆえに見れる「自分の乗っている列車の先頭車を見る」・・・こういう体験も、出来るときにやっておいた方がいいなと思う今日このごろです。

そして里(信)で試運転中のYC-1とスライド。まもなく消える特急と、これからの輸送力の要となる通勤列車との邂逅...

そしてこの辺りから、車窓の友は有明海に。先ほどまで見てきた諫早湾よりも広大で茫洋としています。
しかしそういった眺望も肥前七浦あたりまでで、

次第に海岸線は遠くなり、干拓地を開いた田畑が広がってきます。

55分、肥前鹿島着。
「白いかもめ」とスライドしました。

佐世保線と合流し肥前山口着。
813系が停まっていて、福岡が近付いていることを実感します。

暮れなずむ嘉瀬川を渡り、

18時15分、佐賀着。
ここからグリーン車に乗ってきた利用者がいました...この人も「お別れ乗車」なのでしょうか。
向かいにはハウステンボス塗装の783系が停まってました。あ、783系も乗らなきゃ(義務感

とまあ、太平楽な事を書いてますが、西九州新幹線の成功の可否は実はこの佐賀県の取り扱いにある、と言われています。
新幹線ができれば、福岡と佐賀は1時間もかからずに行けるので、交流が活発になる...だけでなく在来線の処遇が問題になってきます。
間違いなくJR九州は在来線特急を短縮させるでしょうし、佐賀県にとっては甚だお荷物なローカル幹線しか残らないことになります。
国鉄時代であれば「政治的決着」で強引に開業させてしまうでしょうけど、九州新幹線で新鳥栖駅に佐賀の需要を「食われた」状況を見た佐賀県にしてみれば、なかなか新幹線の残り区間の建設に首を振ることは出来ません。
事がここまで拗れると「政治的決着」しか残されていませんが、後々佐賀県に遺恨を残すような解決の仕方では新幹線は実現しないと思いますし、公共交通のあり方についても「暗い影」を落としかねません。
どういう風に解決するのか、注目していきたいものです。

とかガラにもないことを書いていたら、新鳥栖に到着。

駅前にびっしりと並ぶクルマが印象的です。

鹿児島本線と合流し鳥栖着。ジャンクション駅ながら閑散としています。

原田を過ぎて、草生した筑豊本線が分かれていきます。
筑豊線は長崎線ともつながりは深くその昔、国鉄時代は大阪からの「かもめ」がここを通って長崎へ向かっていたり、末期は寝台特急「あかつき」がここを通り新大阪と長崎を結んでいた、と言われています。

いつの間にか新幹線の高架が並んできて、

18時53分、終点の博多に到着。雨が降ってたのか、かなり蒸し暑いです。

後半、新幹線問題みたいなものをぶってしまいましたが、「かもめ」が新幹線「かもめ」へスムーズに禅譲されるには、是非にも解決しなきゃならない問題だと思っています。
787系が「その日」を迎えるまで、無事に任務を全うすることを祈りつつ、この乗車記を締めくくりたいと思います。

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