さて、博多へ戻ります(さっき着いたばかりですが(笑)
佐世保滞在正味50分...それでもご当地グルメの「佐世保バーガー」を食せたので満足、満足。
肥前山口方から特急「みどり15号」の783系が入線。折り返し博多行き特急「みどり24号」になります。
清掃係がせわしなく車内の整備にかかり発車5分前に完了。新幹線の清掃係を彷彿とさせます。
色々考えた末に今回は普通指定でもなくグリーン車でもなく、
自由席にしました。
なぜなら、
783系の最大のセールスポイントである展望スペースが上り列車に関しては自由席で堪能出来る事を思い出したからです。
そうそう、学生時代に初めて「ハイパー有明」で乗った時もこのパノラマ感に圧倒されたなぁ...と、感慨に浸っていたら16時41分、佐世保発車。
ちなみに「みどり号」は佐世保~早岐までは特急券なしで乗れるとの事。ローカルの少ないダイヤであるため、この区間だけの「特例」のようです。道理で車内に高校生が多い訳です...
日宇通過。
戦前のかつての「展望1等車」(マイテ・スイテ)ほどの眺望はないにせよ、やはり通過する駅をゆったりと眺められるって胸が空くような気分です。
大塔で運転停車。普通列車の佐世保行きとスライド。YC-1もだいぶ見慣れてきましたね...
「まもなく早岐です・・・(中略)・・・早岐では、ハウステンボスからの列車と連結します。ドアは連結してから開きます。しばらくお待ち下さい...」
なるほど、近江今津とか米原で新快速が増結するのと同じパターンですね。
一旦停止のち連結。微かに前後の揺動を確認。昔の客車列車もこんな感じだったんですかね...56分、早岐着。
高校生の一団が降り、車内は2人...まあそんなものですかね。
早岐発車。右側の肥前山口方面へ...
隣の三川内で早くも「運転停車」...ハウステンボス・佐世保行き特急「ハウステンボス。みどり17号」とスライド。「対向待ち」は単線鉄道の宿命ですね...
783系はデビュー当時、鹿児島本線を「ハイパー有明」という名前で博多~西鹿児島(現・鹿児島中央)間を「速達列車」として走ってましたが、やはり八代以南は対向待ちの運転停車が連続し、せっかくの「俊足」を生かしきれてないなーと思ったものです。
70~80キロ台でトコトコ進み、
14分、有田着。
JR貨物の有田ORSに並ぶコンテナの山が結構目立たます。
次の上有田でも運転停車し、下りローカルを待ち合わせ...いやはや。
31分、武雄温泉着。
行きでは捉えられなかった西九州新幹線のN700系、ようやくその姿を捉えました。
高橋からは複線化された区間へ。永らく全線単線だった佐世保線が、新たな1ページを造り上げた瞬間です。
北方で下りの「ハウステンボス・みどり19号」とスライド。停まることなくなくすれ違えて、早速複線化の恩恵を受けました。
複線化は大町まででしたが、西九州新幹線のフィーダー路線として佐世保線が「磨かれた」現場に立ち会えて、ちょっと感動しました。
ほどなく右側から長崎本線が寄ってきて、
44分、肥前山口着。ここも西九州新幹線開通と同時に「江北」という駅名に変更されます(肥前山口、で世間的には通ってると思うのですが...)
複線の長崎本線に入り、
やはり「飛ばし」ますね。「ハイパーサルーン」の名は伊達じゃないことを知らしめてくれます。
415系がやってくるあたり、長崎線もそろそろ夕方の「ラッシュ」に入ったことを実感します。
嘉瀬川を渡り、
54分、佐賀着。
どっさりと乗車があって、自由席もほぼ満席。
つくづく長崎線の需要の大きな「山」が佐賀にあることを痛感します。
暮れなずむ佐賀平野を疾走。
吉野ヶ里公園駅をあっという間に通過。
先ほど単線区間に入り「俊足」が削がれる、と書きましたが、「ハイパー有明」時代に上り列車に乗ると八代までのノロノロした歩みが、八代を出ると封印を解かれたように一気に加速し、弾けるように走っていく印象が残っていますが、この「みどり号」でも肥前山口からこのかた、何か「弾けた」かのように加速しています。
この速度の強弱の「ギャップ」を味わえるのも783系の魅力かもしれません。
4分遅れで新鳥栖着。
夜間運転に備えて、遮光カーテンが下ろされました。
18時15分、鳥栖着。
ホーム上に多くの乗客を見かけましたが、この後やってくる通勤列車を利用するようで、こちらへの乗車はゼロ。
鳥栖を出て快調に走れたのは基山手前まで。微妙に信号に引っ掛かるな...と思ったら、
原田でようやくその「原因」となっている普通列車を追い抜きました。まだ台風の余波が残ってるようです。
28分、最後の停車駅である二日市に到着。もうとっぷりと暮れました。
暮れなずむ中ですが、
三郡山地の一つである、宝満山の黒々とした山容だけははっきり見えたり...
南福岡を過ぎた辺りで、
「JR九州をご利用頂きありがとうございます...」
の自動放送が流れ、
37分、終点の博多に到着。ホームに出てみると「こんなに乗ってたのか」と思うくらい、ごった返していてびっくりしました。
* * * *
学生時代に乗った783系を、30年以上経った今でも体験できるのは嬉しいのですが、裏を返せば鉄道車両の更新というのは、色々な事情で必ずしも短いスパンでは出来ない、ということを実感しました。
とは言え、西九州新幹線が開業して783系にも「何らか」の動きがあるのも確かなようで、今後の783系の動向に注目したいところです。