【路線データ】
- 事業者:JR北海道
- 路線名:特急スーパー白鳥22号
- 車両型:789系
- 路線型:特急列車
- 乗車日:平成22年12月25日
- 乗車区間:函館~蟹田
【乗車記】
朝起きると、雪が横殴り状態・・・こういう降り方は関西ではまず経験しないので驚きとともに軽い戦慄を覚えました。まともに電車は動いているだろうか・・・
ホテルの朝食を摂り外へ出ると1分で全身が雪まみれ。ズボンの裾を雪で凍らせながら函館駅のコンコースに出ると何やら様子がおかしい。
時計は7時45分を指していますが、改札中の列車の案内は6時台のものばかり・・・改札の駅員さんに聞いたら
「除雪が追いつかず出発できない列車がある」
との事。さあ大変だと、まっさきに駅弁を買い込みました。もっとも「非常食」という意味合いではなく「今日の昼飯」という事なのですが、人間何か切羽詰る状況に接すると食糧の買出しに出るのは習性なのでしょうか。
ガラス越しにホームの列車を見ると「北斗星」が停車中。これはチャンスと撮り鉄開始。昨日乗った「SLはこだてクリスマスファンタジー号」も昨日以上にファンタジーな装いになっておりこれも格好の被写体になってました。こげ茶に雪の白というのはホントによく合います。
普通列車のホームでは発車できずにいる気動車がホームを行ったり来たりしており、間引きと遅延の狭間で苦しいやりとりをしているといった感じでした。乗る予定の「スーパー白鳥22号」の改札時間がきたものの電光表示案内は一向に出ず、
「車庫の除雪が間に合わず電車を駅に送り込めない状態です。入線が完了次第ご案内いたします・・・」
との事。車庫といえば函館の場合は駅に隣接した位置にありますが、一旦引込み線に入れてから駅へ送り込むというスタイルなので車庫は除雪できていても引込み線に積雪が残っていたら出庫は不可能、という事だそうです。
どのくらい遅れるだろうか・・・今日の予定はこなせるだろうか、とか色々と考えていたら8時20分ころにようやく入線。
「スーパー白鳥22号、新青森行きです。発車の準備が整い次第発車します・・・」
こんな発車案内を聞くのは珍しく、気をつけないと列車に荷物を置いて駅弁を買おうとホームに出た途端置き去りにされる可能性があるって事に・・・結局20分ほど遅れて函館を出発しました。五稜郭で何人かの乗車を受けて江差線へ。
「車庫の除雪が間に合わず、20分ほどの遅れで運行いたしております。新青森での東京方面への新幹線乗り継ぎについては現在JR東日本と調整致しております。確定次第ご案内いたします・・・」
新幹線連絡特急という性格上、接続には神経質なほど気をつかっているようで代替案の模索をJR東日本と北海道で暫時協議中といったところでしょうか。
久根別、上磯、渡島当別・・・大幅に遅れている江差線ですが特急は殿様列車らしくそんな中でも貨物列車を待たせかっ飛びながら青森目指して進んでいきます。
外はまさに樹氷の世界。北海道入りの初日に見たかった景色はこれだったかもしれません。翻って海側を見るとこれまた灰色の津軽海峡が目一杯広がっており、これぞまさに冬の北海道。どの駅もホームにも雪がうず高く積っており、除雪されている気配が無さげな駅も。多分江差線関連の普通列車は何本か運休しているのかもしれません。
木古内で再び貨物列車とスライドしいよいよ海峡線へ。ホームには2人の駅員さんが除雪に奮闘しており「スーパー白鳥」の発車を見送ってくれていました。除雪隊の皆様、ご苦労さまです!
雪を蹴散らしながら海峡線を進み、知内に停車。一日に2本の「白鳥号」が停車しますが停車列車のすべてが特急となるため木古内~蟹田間の乗降に限り自由席には乗車券だけで乗車が可能という「特例措置」があります。この日は乗降ともにありませんでしたが・・・発車し何本かのトンネルを潜って青函トンネルへ突入。さよなら北海道。
車内の広報誌を読んだりして時間を潰し、ふと外が明るくなったと思ったら青森側に出ていました。
「まもなく津軽今別に停車しますがドアは開きません。ご了承願います」
ハテ?と訝しがっていると減速しはじめ駅に停車。30秒ほど停まって再び発車。色々調べているとこの先の新中小国信号所付近を列車が進行中(津軽線・海峡線とも)であると手前の駅で抑止をかけ運転整理をするとの事。海峡線区間は複線ATC区間、津軽線は単線自動閉塞区間なので仕方ない事ではありますが。新幹線になったらこういう出来事も昔話になるだろうからしっかりと記憶しておきたいものです。
その新中小国信号所で津軽線と合流し、一気に列車がガタピシ揺れるようになってローカル線に入ったことを実感。
蟹田で下車。JR北海道からJR東日本の乗務員交替が行われ、車掌・運転士さんとも詰所へ足早に向かわれていました。こちらは駅を出て「軍資金」を補充すべく郵便局を探索・・・すぐ見つかりましたがこちらも函館同様、雪深いことこの上ない状態でした。
(令和元年5月22日記事構成変更)