旅する炭屋~炭屋さんだって旅したい~

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マルエーフェリー フェリーあけぼの

【路線データ】

  • 事業者:マルエーフェリー
  • 路線名:鹿児島那覇線
  • 船舶型:フェリーあけぼの
  • 路線型:カーフェリー(離島連絡型)
  • 乗船日:平成27年1月4日
  • 乗船区間:鹿児島新港~那覇港

【乗船記】

市バスを降りて、近所のスーパーで色々買いこんでフラフラと歩いて16時半頃に鹿児島新港到着。窓口に行ってサクッとチケット購入して・・ええ、ちょっと沖縄へ行ってきます・・・(・ω・)

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広い待合室ですがすでにベンチは一杯。ざっと50人はいるでしょうか。運よく空きがあったので荷物の整理を兼ねて座りこむことに成功。なによりも暖かいのがありがたい・・・と言いますか暑いですね。すでに沖縄航路の待合室から「沖縄」は始まっているようです。

小荷物引き受け所というのが珍しければ、その近くにポーターさんが居る風景というのも珍しい事しきり。JRでもかつては大きな駅に行くと、赤帽さんがウロウロしてたんですよね・・・案内開始の時間が近づき何となく人の動きが目立つので、さっさと改札口付近に移動しました。

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先導の係員に連れられて、今夜の宿となる「フェリーあけぼの」とご対面。沖縄行きも初めてならば、マルエーフェリーに乗るのも初めてです。大阪~九州航路で「都市間フェリー」というものには慣れていますが、25時間も船に揺られるのはまさに初めて。

タラップを上がって指定された席・・・「2等」へ。いわゆる「桟敷席」です。個室は財布の都合で選択肢から無くなり、経費圧縮の観点からこの等級しか選ぶことができなかった「消極的選択」。乗船してものの数分で僕の周りの席は埋まりました。
左隣は夫婦連れ、右隣は2人の子連れの家族。幸いだったのは子供たちが大人しかった事。もっとも出航1時間ほどでロビーは「運動会」状態になったが、少なくともアサインされた区画は静かでホッとしました。
風呂を済ませ、着替えをカバンに詰めなおしていたら
「まもなく出航いたします。お見送りの方がいっらしゃいましたら御退船を・・・」
というアナウンスが流れました。大阪~九州間のフェリーあたりではまず聞かない、離島航路っぽい風情のあるアナウンスで旅情が高まります。

 

18時を若干過ぎたくらいに出港。1月の18時はとっぷり暗いはずなのですが、天気がよかったせいかまだぼんやりと明るい。それがまた旅情を誘う。これから街らしい街が見れるのは奄美大島の名瀬と終点の沖縄・那覇くらいですかね・・・

レストランが開き、売店も営業しているというアナウンスが船内に響きました。港に来るまでに立ち寄ったスーパーで買い込んだ惣菜で夕食とするため、現時点で売店に用事はありませんが明日朝からはお世話になる場所なので、あとで見に行きますか。

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売店横にはこんな案内があって航海中ずっと開いている訳ではなく、寄港・出航の前後に店を開けていてある程度進んだら閉店・・・という感じで繰り返すようです。
ロビーに腰掛け、鹿児島の焼酎を片手に惣菜をつまみに夕食開始。周りを見ると缶ビールをこれでもかと並べて、弁当をつまみにちょっとした「宴会」状態なグループも見受けられました。それでもバカ騒ぎは起こらず「楽しそうな宴会」レベルなのに感心しました。酒が入れば「バカ騒ぎ」が起きるのが当たり前、というのをこれまでさんざ見てきただけに却ってこういう状態は珍しくすら感じました。自分も酒は嗜む。けど、矜持としてこの沖縄航路でのこのグループのようにありたい、と改めて思いました。
ラウンジのテレビで普通にBSが映るというのもなんとなく驚き。22時くらいに自室に戻ると・・・見事に隣の子連れ家族に僕の席が占領されていました(´・ω・`)
こうなることは予想してたし、おまけに僕の席で寝てるのは子供の方・・・起こすのも忍びないので、とりあえずさっき居たロビーの長ソファーで横になってみました。まっすぐの方が体にラクなのは当然ですが、ソファーで横になるというのもなかなかオツなものでした。そろそろ諏訪ノ瀬島の沖かな、って辺りで寝込んだ様子(twitterのログから推測


廊下をバタバタ走る音で目が覚めて、気が付いたら4時過ぎ・・・5時間ほどは熟睡した模様。ソファーでもそこそこ寝れるものだと再認識した次第です。
「皆さまおはようございます。まもなく奄美大島、名瀬に入港します・・・」
夜行列車で言うところの「おはよう放送」があって、

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まだ真っ暗な名瀬新港に到着。4時半前だけど船に乗ってた半分くらいの客が降りていきました。
客の動きを目で追っていくその先では、フォークリフトがコマネズミのようにコンテナを船から引っ張り出したり、目的をもった感じで積み上げたりと大忙しな感じに見入ってしまいました。何せ寄港時間は50分ほどで、限られた時間に名瀬で降ろす荷物を捌かなければならないのだから必死なのでしょう。そして降ろすだけではなく「積み込み」もあるから必死なのは当然です。

大量下船の人波が落ち着くと、今度は乗船の列が船にやってきました。と言いましても下船の数からすれば半分以下ほどの規模。乗ってくる客を係員さんが「何処まで?」と訊き港名が判ると「はい、那覇は奥の部屋ね」とか「和泊はその手前の部屋」とか振り分けていました。名瀬で降りた客が居た部屋を今度は区間利用の客に割り振るこのシステム、どこの部屋にどこまで乗る客がいるというのを把握していなければ出来ない芸当で、さながら係員さんは「人間マルス(指定券発行端末)」といったところでしょうか。5時40分頃に名瀬新港を出航。荷役が多かったようで少し遅れ気味で出たようです。

再びソファーで居眠りをし、
「おはようございます。ただいまから食堂を開けますので皆さまのお越しを・・・」
の案内で目が覚めました。ゲンキンなものですね。
おかず2品と御飯、味噌汁で600円くらいと価格的に中庸で、味も可も無く不可も無くといったところでしょうか。メニューが少ないのが気になったが、クルーズ船じゃあるまいしどちらかと言えば鹿児島や奄美、そして沖縄間の相互区間の連絡輸送が本来の目的である航路なので「食事は下船してからガッツリ食べて」って事なのでしょう。
朝食を済ませようやく外が明るくなってきたのでデッキへ出ると、曇り空に黒々と奄美大島がくっきりと見えました。風は少し冷たいかな、と感じる程度。早朝の名瀬は雨だったが暖かかったです。

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9時半前に徳之島の亀徳港に入港。名瀬ほどにはないにせよ、多くの客が下船しました。ここでも地元の通運業者の「フォークリフト芸」が展開中・・・さらに小さいフォークリフトかと思ったら、長めのコンテナも持ち上げられる大型タイプ。よくまああれだけ振りまわせるものですね、と感心しきり。この「フォークリフト芸」を見に沖縄航路(途中寄港便)に乗るというのも一興かも知れません。

徳之島を離れ、しばし島影とはお別れ。いつも乗っているフェリーは夜行だけど何かしら島影は見えていましたが、沖縄航路で島影が見えないとなると本当にトコトンまで見えなくて心細くなります。

徳之島を離れて1時間ほどで沖永良島をようやく発見。島を見つけたときの感激はなんとなく大航海時代に、新たな島を見つけた時に感じるであろう驚きや嬉しさに匹敵するのではないでしょうか(あくまで感覚です)
亀徳から1時間半くらい経った11時半前に和泊港に入港。15度・・・昨日の昼間の鹿児島より暖かさを感じます。出港したあたりで昼飯。「大衆食堂」と割り切れば凝った料理が無い分、こうしたカレーあたりが無難なチョイスでしょう。そして付け合わせのサラダ。ちょっとついているだけで何か豪華なように感じます。

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食後のデザートは売店で買った「さたまめ」という奄美・与論あたりの地元菓子。ピーナッツに黒糖が絡んでいて何かホッとする味でした。暖かい風の吹く上甲板に出て、遠ざかる島影を見ながらパリポリ・・・

鹿児島県最後の島・与論島の与論港に着いたのは13時40分過ぎ。

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そうですね・・・港なのは間違いありませんが、どこまでもオープンな雰囲気で一見すれば港ではないのではないかとちょっと不安になるくらい戸惑います。事務所はプレハブが2つ3つほどあるだけで、あとは出迎えのクルマだったりコンテナが無造作に放り出されていたりで、このあたりに不安を感じたのかもしれません。これまで立ち寄ってきた鹿児島のどの島の港もそれなりに整然としていましたが、ここはどこまでもフリーダムな雰囲気でした。沖縄行きをやめてここで降りたいくらいの衝動に駆られたくらいです。鹿児島県でありながら、そこに住む人の気質はもう沖縄に限りなく近いのかもしれません。

客の乗降、荷役含めて30分とかからずに出航。岸壁ではギターを鳴らしている人がいたりして、友人を見送っているのしょうか。そんな風景もこの南の島には似つかわしく見えます。

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どこからともなく三線の音色が聞こえたので行ってみると、即興のコンサートが開かれていました。船会社の「仕込み」とかではなく乗客の一人が偶然三線を持ってた、という感じでした。曲名は判らなかったが、明るさの中にどこか哀調を帯びた風な感じにシンミリ。

15時半頃、携帯の位置通報アプリが鹿児島県から沖縄県に入ったことを知らせました。それとほぼ同じくして沖縄本島の島影がうっすらと見えはじめました。見た目は奄美大島とか徳之島あたりと大して変わらない風に見えたが、まぎれもなく島影は「琉球・沖縄」でしょう。

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本部港には16時40分に入港。先ほどの与論島のフリーダムな雰囲気から一変して整然とした港でしたが、平面的な施設類の配置にやはり本土や鹿児島とは違う雰囲気が漂っていました。

久しぶりに自室に戻ってみると僕がいた区画はみごとに空いており、隣にいた親子連れはさっきの本部港で降りた様子。受付にあった沖縄ガイドのチラシを読んでいたがいつしかウトウト・・・
「長らくのご乗船、ありがとうございました。まもなく那覇港に入港します・・・」
そのアナウンスで目が覚め、慌てて支度してロビーで待機。「涙そうそう」が流れる船内でぼんやりしてたら、

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司厨長さんがドアを開放しました。その向こうではネオンがまたたく。久しぶりに見る街灯りが眩しく感じてしまいました・・・ロビーには30人ほど並んでいましたが、この中で僕のように鹿児島から乗りとおした客は何人いるのだろでしょうか。

19時を若干過ぎたあたりで那覇港に到着。雨が容赦なくカラダに叩きつける様は「沖縄流」の歓迎を降りた客に浴びせているかのようでしたが、その雨はなんとなく暖かったような気がしました。

(令和元年5月15日記事構成変更)

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